推しの子歌うロックバンド、羊文学 言葉にできない「いやだな」を歌に、共感広がる
09-08 admin
3人組のロックバンド、羊文学が全国12カ所13回の全国ツアーをスタートさせた。今年は、すでに横浜アリーナという大規模会場でのコンサートや初のアジアツアーを成功させ、大きく飛躍した。
羊文学はギターとボーカルの塩塚モエカとベースの河西ゆりか、ドラムのフクダヒロアの3人組。繊細な世界観とギターをかき鳴らす激しいサウンドが特徴だ。
2020年に「砂漠のきみへ/Girls」を配信して、ソニー・ミュージックレーベルズからメジャーデビューした。
22年のアルバム「our hope」は「第15回CDショップ大賞2023」の大賞「青」を受賞。同年のシングル「more than words」は人気テレビアニメ「呪術廻戦」(TBS系)のエンディングテーマに採用され、ストリーミング再生数が1億回を超えた。
新曲「Burning」も人気のテレビアニメ「【推しの子】」(TOKYO MXなど)のエンディングテーマ。配信で先行し、8月28日にCDも発売した。
ドラムのフクダは春から休養中で、塩塚と河西がインタビューに答えた。
Burning
作詞作曲を担当する塩塚は、「Burning」について「原作漫画を読んで私が感じたことを歌詞にしました。若い主人公たちが抱く将来への不安とか、自信のなさとかの中で葛藤する姿に、ちょっと前の自分が重なりました」と語り、曲作りの根底にあるものを明かした。
塩塚も去年までは、「200%の力でぶつからないと、来年はないかもしれない」と張りつめていたのだという。
塩塚は「命を削って頑張ることがいいことだとは思わないが、確かに自分にもそういう時期はあったということ」と認める。
その事実を「絵でいえば風景画みたいな感じで歌にした」のが、この「Burning」なのだ。
従来、自分の状況を歌詞にすることが多かったが、最近はタイアップ曲を書く機会が増え、「原作の漫画やアニメに対する自分の解釈を歌詞にするというか、読書感想文に近い作り方の曲も増えています」と話した。
一方、ベースの河西はデモ音源ができてから始動した。
塩塚は「【推しの子】」のエンディングテーマとして2曲の候補を用意した。
河西は、「登場人物の気持ちなど物語の深部に寄り添っていることが伝わってくる」と「Burning」を推挙した。
「Burning」で行くと決まってから、ベース演奏のイメージをふくらませた。
「感情がぐちゃぐちゃになっている歌で、イントロは、そのあたりを端的に表現しています。そういう表現を基本としつつ、サビでは聴く人に歌詞をきちんと届けたいから、ベースは下支えに徹し滑らかな感じで演奏しました。また、ギターのゆがんだサウンドに埋もれてしまわないよう、ベースの音を強めに出したくてギターピックを使いました」
若者たち
繊細な世界観だがラウドなサウンド。オルタナティブロックに分類される羊文学の音楽は、いかにして出来上がったのか。
河西はJUDY AND MARY、SUPERCAR、あるいはザ・ストーン・ローゼズやピクシーズなどをよく聴いたという。
また、ベース奏者としては1960年代の英古典ロックバンドであるクリームのジャック・ブルースやレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズの演奏を敬愛し、「使用楽器をまねたりしてます」という。
一方、塩塚はYUIやRADWIMPSなどJ-POPを聴いて育った。
小学4年生の頃、テレビで見たオアシスのCDを父親にねだったら、なぜかキング・クリムゾンのアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」を渡された。難解なプログレッシブロックの雄だ。これがトラウマとなり、「ロックとは無縁に」と笑うが、ザ・エックス・エックス、ジェイムス・ブレイク、ヤック、シガー・ロスなどのCDはレンタル店の試聴機などで聴いた。
more than words
NANA starring MIKA NAKASHIMAの「GLAMOROUS SKY」のピアノ譜を持っていたが、「ピアノだと全然、感じが出なかった」。塩塚がギターを手にしたのは、小学校を卒業した春休みの頃だったという。
「中学生になってエレキギターも弾きたいって言っていたら、中3か高1の頃、バンドに誘われました」
チャットモンチーや東京事変、9mm Parabellum Bulletなどをレパートリーとしたコピーバンドだったが、これがメンバーチェンジを繰り返して羊文学にたどり着くのだ。
「なんで、そうなったのか分からない」笑う塩塚は「学校はあまり好きではなかった」とポツリと言って振り返る。進学校だったが、友だちはいなかった。
一方で、インターネットを介して知り合った仲間がいた。一緒に派手な古着や手作りアクセサリーをネットで売っていた。
「Kawaii」で注目されたきゃりーぱみゅぱみゅが登場した原宿を遊び場とし、中高生なのにライブハウスを借りてクラブイベントのようなオフ会を催したこともあった。
「ひねくれて、皆がやっているような音楽ではなく、変なことをやりたいというマインドが育まれたのかもしれません」
曲を書くようになったのは大好きだったYUIの影響だったが、言葉では伝えられない思いを歌にしたのか。
「そうかもしれないですね」と塩塚はうなずく。
涙の行方
羊文学は3月に初のアジアツアーを敢行。ソウル、北京、台北、バンコクなど7都市を巡り、これが好評でシンガポール、マニラ、香港など4都市での公演も追加した。
海外でも共感を得られるのはなぜか。塩塚は冷静に見ている。
「意外と皆さん、日本語歌詞で一緒に歌ってくれています。そもそも日本文化が好きだという方が多いんじゃないかな」
アニメ経由で羊文学にたどり着いた人も多いのかもしれない。
海外の聴衆は純粋にサウンドを楽しむが、日本のファンはさまざまのようだ。
塩塚は「静かに泣きながら聴いている方もいます」といい、河西も「スタンディングで立ったまま泣いてる方も」と証言する。
河西は「羊文学は、普通の人だったら気にしないようなことというか、わざわざ言葉にはしないけど、でも、ちょっと『いやだな』と心にひっかかっているようなことを歌詞にしています」と話し、そこが共感されているのではないと分析する。
あいまいでいいよ
デビュー4年。アジア進出も果たし、10月まで全国12カ所を回るライブツアーの真っ最中だ。
大躍進するバンドの今後の目標を問うと塩塚は思案投げ首で「どうしたいかは、日によって変わっています」と明かした。
「最初のうちは有名になってお金を稼ぎたいと思っていましたが…。最近、顔が知られるとコソコソしないといけないというか、生きる〝幅〟が減るんだと知りました」
忙しい日は、コンビニで買ったおにぎりとフライドチキンで昼食を簡単に済ませ、油まみれの指のままピラティスに向かって自転車を走らせたい塩塚だ。
「そういうことができなくなる事態は、できるだけ避けたい。目標を聞かれて『頑張りますって答えられない日もある』っていう感じですかね」
羊文学のロックが聴く人の心に刺さる最大の理由は、このなんでもないことを守りたいという感覚なのかもしれない。(石井健)